トルコ Turkey Türkiye

ラマザン in Turkey

イスラム教徒の義務の一つ、飲食を絶つことが行われる期間をトルコ語で「ラマザン」と言います。
その時期は毎年11日ずつ早まります。
2012年は7月20日~8月18日がラマザン。
断食と言っても、日が落ちて日が昇るまでの時間に食事をするので、およそ一ヶ月の期間中ずっと飲まず食わずというわけではありません。でも、日が出ている時間はお水も飲めません。

話に聞いていた時点では、“とても敬虔な人たちの修行の一つ”ではないか?というようなイメージを漠然と持っていました。
町のお店は閉まるところが多いのかな?
飲食店も開いてないのかな?
などと想像していました。無知がベースの愚かなイメージですが、どことなく喪中のような感じがあるのかと思っていました。

実際のところ、地域差はあると思いますが、商店は開いています。ショッピングセンターも通常営業はもちろんのこと、ラマザン・セールを行っていて、その雰囲気はどちらかといえば華やかです。
ただ、日の出ている断食の時間帯は町はどことなく静かです。おなかはすいているんですから、その時間は静かにしているのが自然です。

今年のラマザンの時期(2012年7月20日~8月18日)の日没はおよそ午後8時半くらいです。午後8時を過ぎる頃からレストランのお客さんが増え始め、テーブルにはおいしそうな料理が並び始めます。でも、並んだ先から食べ始めることはありません。日没を知らせるメロディーが近所のモスクから聞こえてくるまで、食べ物、飲み物には手をつけません。もちろんたばこも吸いません。
日没の知らせが聞こえると、みんな一斉に食事を始めます。右手にフォーク、左手にはたばこ、なんて愛煙家の姿もあります。

8時前にもレストランはオープンしていますから、少なくてもイスタンブール周辺では、絶食をしない人たちが困ることはあまりありません。異教徒や外国人にイスラムの習慣を押し付けないことはイスラムのその教えの一つでもあるそうです。だから、異教徒や絶食をしない側もわざわざこれ見よがしに食事をしたりすることはしません。

夏の昼下がり、ラマザンの絶食中の知人がやって来ました。彼女は絶食中で、一緒に訪れた娘さんはインターンシップの期間と重なるため、今年は絶食をしないそうです。私は娘さんにチャイ(トルコの紅茶)を出しました。私もチャイを飲みましたが、お茶うけまでは出さずに。
ここで、「私は断食中だから断食をしない人のところへは訪ねない。」とか、「この人は断食中だから私もお茶を飲まない。」などという不自然な遠慮は決してしません。それではおおらかで自由な人づきあいはできませんから。

体調が悪い時や、仕事の事情がある時は、無理をして絶食をするようなことはせず、その時期だけは普段の生活スタイルでそれ以外のラマザン期間には絶食をする、というように、臨機応変、自由な形でその習慣を守っています。イスラム世界でも戒律の厳しい別の国では事情は違うようですが、トルコ、私の知る限り、イスタンブール周辺では“自由な形で”習慣を守っていると感じます。守っているというよりもっと自然な印象です。
その大学生の娘さんに尋ねました。「いくつの時に絶食を始めたの?」

小さい時からだけど… 『両親や家族がやっているのと同じようにやりたい!』って、思うものでしょう?

てっきり、大人が強制するものだと思っていましたが、生活習慣はそんなものではないことをあらためて思いました。
父親、母親が何でもおいしそうに食べていたら、そばで一緒に食事をする子供の好き嫌いはそう多くはならないでしょう。愛情たっぷりに、楽しみながら暮らしていたら、それをまねしたいと思うのが自然だと思います。
どおりで、みんな日中ちょっと元気はないものの、その人たちや、町の雰囲気が華やいでいるはずです。絶食時間の後のラマザン料理はおいしいことでしょう。暑い夏にラマザンがあたる年は、炎天下で仕事をする人たちにはきついことだと思いますが、全体的には“苦行”の印象はほとんどありません。日照時間の短い冬にラマザンがあたる年の断食は、その時間が短いし、暑さで消耗することもないので、夏に比べたら負担はかなり少ないそうです。
盆暮れ正月が当たり前に日本人の暮らしの中にあるように、ラマザンの日中の断食も彼らの暮らしの一部なんだと思いました。
ここでは、緩やかに自由に自分たちの暮らしを続けています。

旅に訪れるにもこの時期だけの魅力があります。町の不思議な華やかさや食べ物。イタリアのフォカッチャに良く似たラマザン・ピデスィ Ramazan pidesiは、例えば日本で言えば、お正月に食べるお餅のような存在でしょうか。ラマザン料理もヴァリエーション豊かのようです。ラマザン・スィーツのギュルラッチ güllaçもおススメのトルコの味です。その日一日の断食後の夕食のあとは、おいしくて食べ過ぎたあとの満腹のおなかをかかえ、そぞろ歩きをしたり、友人知人や家族とチャイをお供におしゃべりをしながら夜を楽しんでいます。

ところで、異教徒の飲み助の楽しみのためだけかもしれませんが、もう少しいろいろなところでトルコワインが楽しめたら、更に嬉しい。ラマザン期間の夜の華やぎに触れると、ワインが恋しくなります。トルコにはアルコールを置いてない飲食店もあるので、お酒を飲むつもりでお店に入る時は、確認してから入りましょう。